『三十三番土偶札所巡り』— 12番「坂井遺跡の顔面把手」

三十三番土偶札所巡り4日目(6月7日)の旅、「にらみん」から次の目的地である韮崎市の「ふるさと偉人資料館http://www.nirasaki-nicori.jp/1f_furusato.html)」までは車で5分程の距離だ。

事前にGoogleマップで確認すると韮崎駅前の「韮崎市民交流センター(NICORI)」という施設(ビル)内の資料館である事が判明。これまで聞いた事がない資料館で、勿論、土偶さんや縄文式土器が展示されているなんて情報も耳にした事はない。NICORIビル内の駐車場に到着したのは9時50分過ぎ。D4を駐車して1Fに向かった。

韮崎「ふるさと偉人資料館」が入る韮崎駅前の施設「NICORI」。本当の駅の目の前にある施設だ。

館内地図で、ふるさと偉人資料館の場所もすぐ判明。開かれたままの入り口を入るとすぐに左手に受付があり、女性職員さんが1名いた。

これが、韮崎「ふるさと偉人資料館」の入り口。資料館と言うよりも「資料室」といった規模である。

「見学させて下さい。入館料はおいくらでしょうか?」と尋ねると「狭いですがどうぞご自由にご覧下さい。入館料は無料です。」との答えが返ってきた。こちらに展示されているのは、12番「坂井遺跡の顔面把手」。初めてのご対面する顔面把手土器である。

ワクワクしながら「三十三番土偶札所巡りのご記帳もお願い致します。」と伝えると、これまで訪問した資料館の中でも最大級の慌てぶりで「御朱印ですか… 初めてなもので、今、担当者を呼んで来ますね。」とのリアクションだった。予想はしていたが、ここも私が「巡礼&ご朱印 第1号」だった\(^o^)/ 

私が「では、御朱印の土器を見学していますので、よろしくお願い致します。」と返すと、「ゴメンナサイ。土器はまだ借りてきていないの。展示スペースはもう用意したんだけれどね。」という「超想定外」の爽やかな言葉が… と、指差された方を見ると「日本遺産関係展示 準備中につき、しばらくお待ちください」と表示された空の展示ケースが確かにあった。

ここが12番「坂井遺跡の顔面把手」の展示予定スペースとの事。
「近日中に公開!」と、12番「坂井遺跡の顔面把手」の解説パネルが置いてあった。

約6年に亘った【縄文土偶探訪記】で全国の考古博物館を150回程探訪し、八ヶ岳周辺の考古資料館の「ぶらっと立ち寄り型」を合わせれば、もうすぐ縄文系の資料館探訪は180回を超えると思う。だが「まだ所有者から借りていないので展示できていない」というケースは「驚愕の初体験」であった。

でも無いものは仕方ないので「とりあえずご記帳をお願いします。」と頼んで、他の展示物を見学する事とした。展示物は、阪急東宝グループの創始者「小林一三」氏他、韮崎市出身の「偉人さん達とその偉業」を解説したパネルが中心。5分も要せずに見学は終了。

受付に戻ると別の女性職員さんが丁寧に御朱印スタンプを押しているところだった。ご記帳完了後にこの職員さんに「顔面把手土器の展示開始はいつ頃になりますか?」と質問。すると「まだ坂井考古館さんに貸出をお願いしていないので未定です。」との説明であった。さらに「坂井考古館さんで見学できると思いますよ。」と追加のコメントがあった。

12番「坂井遺跡の顔面把手」御朱印。御朱印のみ先行的にゲットというのは、三十三番土偶札所巡りにおいて初めての経験。
12番「坂井遺跡の顔面把手」Instagram投稿写真。実物には、後日、無事にご対面が出来た。詳細については、三十三番土偶札所巡り「番外編」に記す。

「坂井考古館」の事は知ってはいたが、事情があって、未探訪のまま【縄文土偶探訪記】を手仕舞ってしまった。そういった意味では「心残り」があった先である。実物の「顔面把手」さんには、坂井考古館でご対面する事としよう!

そう心に決めて、私は、ふるさと偉人資料館を後にした。滞在時間は10分弱。これも過去の考古資料館探訪では「最短時間記録」である。次の目的地は南アルプス市の「ふるさと文化伝承館」だ。

この日「坂井遺跡の顔面把手土器」にご対面が出来なかった事が、その後、私に「大いなる感動」を与えてくれる事になる。これだから「土偶さんを巡る旅」はやめられないのだ!