【縄文土偶探訪記 ④】— 東京国立博物館(東京都)

『銀行業界鳥瞰図』読者諸氏がご存じのように、私は昨年の12月30日に、オフィスのセルフ・ビルドという(無謀な)一大事業に区切りを付けた。大量のログキットが八ヶ岳の所有地に搬入された7月初旬からの半年程は、精神的にも肉体的にも休まる日がなかったので、年明け以降は『虚脱感』ようなものを覚えるかと危惧していたのだ。だが、懸念は違った形で実現した。『銀行業界鳥瞰図』で何回も書いてきたが「自爆テロ」と「バイオ・ハザード」である。1月のほとんどを棒に振り、2月はそのまま全国講演に突入である。漸く、時間と心のゆとりを取り戻した3月に、自分の好奇心がどこに向かうかちょっと楽しみだった。

結果は、予想した通りであったのだが『縄文土偶』にすっかり嵌まってしまった。自爆テロの静養中に読んだ2冊の縄文土偶写真集を皮切りに、関連書籍をかなり読み込んだ。3月末に確認したところ、既に12冊に達していた。半分位は写真集のようなものなので、読み込んだと言うよりは「眺め続けた」という表現の方が妥当かもしれない。自慢するわけではないが、もうかなりの「縄文通」である。Webで『縄文検定』という試験がかつて実施された事を知ったが、今、受験すれば合格できるのではないかと思う。

興味を覚えた事について、短期集中的に知識を詰め込むやり方は、子供の頃からの癖のようなものなので治らない。バードウォッチング検定、森林インストラクター、ガーデンコーディネーター等々の仕事とは無関係な資格は、この性癖がもたらした残滓である。短期間で詰め込めば詰め込む程、「もう飽~きた」と放り出すリスクが高くなる。この年になってやっとコツを掴んだのだが、安易に飽きて投げ出さないためには「具体的な高い目標」を持つ事である。現在の仕事も「日本全国の銀行を講演で訪問し、本店の写真を100枚(行)集める」という遠大な目標がなければ、とっくに投げ出していたはずである。不思議なもので、この高い目標を達成してから3年以上が経過したが、まだ仕事を継続できているのだ。

そんなわけで「縄文土偶熱」を一過性で終わらせないための具体的な目標を定める事とした。さすがに「日本全国の土偶とすべてご対面」というのは無理である。そもそも、オフィスが所在する長野県だけでも1,500体以上の土偶が発掘されているのだ。そこで、まずは「国宝」及び「重要文化財」指定されている土偶すべてと対面し、写真撮影するという目標を定めた。ポイントは「本物」である事で、レプリカは不可である。日本全国に国宝、或いは、重要文化財指定されている「縄文土偶」で確認済みなのは17体。未確認分が何体あるかは、どうもよくわからない。3月末時点では、国宝では「中空土偶(かっくうちゃん)」と「縄文のヴィーナス」、重文で「大型板状土偶」の計3体しか対面できてない。尖石縄文考古館にあった「仮面の女神」はレプリカで、本物は国宝審査のために出張中だったのだ。国宝指定を受け、無事に凱旋した後に、改めてご挨拶にうかがう事としよう。

さて、新年度入りしたした4月、次なるターゲットをどこに定めようかと思案した。すぐに結論は出た。上野の東京国立博物館が未訪問である。ここには、2月の青森出張の際に、対面が叶わなかった『遮光器土偶のしゃこちゃん』が収蔵されている。しゃこちゃんは、重要文化財指定を受けているのだ。

4月4日の株式投資家向けの東京Dayに、国立博物館を訪れる格好の機会が到来した。ランチタイムの株式投資家向けミニ懇から次の顧客訪問までに、ちょうど2時間の空き時間が出来たのである。別に所用が1件あったため、丸2時間を使う事は出来ないが、タクシーで移動すれば何とかなりそうだ。そこで、大手町でのミニ懇が終わるとすぐにタクシーに飛び乗って、国立博物館を目指した。大手町からの移動には20分も要さなかった。満開の盛りは過ぎたとは言え、まだまだ上野公園の周辺は桜の花見客で賑わっている。国立博物館のチケット売り場も人だかりである。外国人観光客が多いのにちょっと驚いた。よく考えれば、私が大英博物館を見学に行くようなものである。東京観光コースのひとつであろうと納得した。チケット売り場脇のゲートを通り抜けると、何の迷いもなく、正面に構える威風堂々とした造りの「本館」へと向かった。

東京国立博物館『本館』に到着 威風堂々とした構えだ!
東京国立博物館『本館』に到着 威風堂々とした構えだ!

これまで、縄文土偶との対面のために訪れた考古館等とはスケールが違う。残念ながら、他の展示物をじっくりと眺めている時間の余裕もない。真っ先に、本館の案内コーナーで「しゃこちゃん」の所在を確認した。しゃこちゃんを筆頭とする縄文土偶さん達のほとんどは、本館ではなく「平成館」に展示されている事が判明した。但し、本館2階にも「縄文土偶」が1体展示されているという。折角なので、その展示コーナーへと直行した。本館の2階は広大なスペースなのだが、縄文土偶サンは「ここよ~」と自己主張していたので、すぐに対面がかなった。しゃこちゃんではないが、これも有名な「遮光器土偶」で重文指定を受けている。重文土偶2体目ゲット!である。

『本館』に唯一展示されていた縄文土偶 均整のとれた美しい「遮光器土偶」(宮城県大崎市田尻蕪栗恵比須田出土)である。重要文化財指定
『本館』に唯一展示されていた縄文土偶 均整のとれた美しい「遮光器土偶」(宮城県大崎市田尻蕪栗恵比須田出土)である。重要文化財指定

激写した後に色々な角度からウットリと眺める。本当に縄文土偶が放つオーラは独特である。すぐ近くには、弥生時代の「埴輪」が展示されているのだが、どうも土偶程には魅力を感じない。何となく間延びしていて、躍動感や神秘性が伝わってこないのだ。さらにその脇には、小学校高学年の頃に魅了された「縄文時代の火焔土器」が展示されていたのだが、これにも心はときめかない。どうやら、函館での「かっくうちゃん」との出会い以来「縄文土偶に限定した」スイッチが入ってしまったようだ。

やはり大本命のしゃこちゃんに早く対面したいので、滞在時間10分強で本館を後にした。ミュージアムショップでの「縄文土偶グッズ」の購入は、平成館訪問後にする事とした。本館の脇にある平成館まで要した時間は徒歩で1~2分程度だった。こちらも立派な造りである。

こちらが『平成館』 本館とは異なった趣の近代的建物だ
こちらが『平成館』 本館とは異なった趣の近代的建物だ

時間の余裕が無いので、ここでも案内所で縄文土偶の展示場所を確認した。平成館入り口から見て1Fの右奥の縄文・弥生時代のコーナーに直行である。「おお~、す、凄いぞ! 縄文土偶さん達の勢揃いだ~」さすがに、国立博物館である。写真集に登場する有名土偶が何体も鎮座している。もう嬉しくて、嬉しくて… 国立博物館の広大なスペースと比較すれば、縄文土偶の展示コーナーは、本当に片隅の一画なのだが、我を忘れて30分近くも見入ってしまった。ちなみに、平成館でも縄文土偶以外はまったく見学していない。

取りまくった写真の中から厳選したものを紹介しよう。事前に「しゃこちゃん」がメインの単独展示であろうと予想していたのだが、意外や意外、単独展示は「ハート形土偶」であった。勿論、これも有名土偶で重文指定である。

「平成館」に単体展示されていた『ハート形土偶』(群馬県吾妻郡吾妻町郷原出) これも超有名土偶さんだ。表情がユーモラスで愛らしい。重要文化財指定
「平成館」に単体展示されていた『ハート形土偶』(群馬県吾妻郡吾妻町郷原出) これも超有名土偶さんだ。表情がユーモラスで愛らしい。重要文化財指定

しゃこちゃんは単独展示組の対面スペースに他の土偶さん達に囲まれるように展示されていた。「漸く会えましたね。青森まで行って、こちらにいらっしゃると知り、参上致しました。」心の中でちゃんと挨拶する。遮光器土偶は沢山、出土しているが、しゃこちゃんはその代表、「The 遮光器土偶」なのだ。やっぱり風格が漂っている。遮光器土偶は、縄文時代に飛来した宇宙人(エイリアン)がモデルだとする学説があるようだが、私も賛同したくなった。どうみても宇宙服を着ているようにしか見えないのだ。造形のユニークというか、そのミステリアスな雰囲気は「仮面の女神」と双璧である。

言わずと知れた『遮光器土偶』の代表『しゃこちゃん』である。今日の最大のお目当てはこの土偶サン。2月の青森探訪でお目にかかれなかったのだが、漸く、夢がかなった。『仮面の女神』と並んで私が大好きな2大スター土偶だ! 重要文化財指定
言わずと知れた『遮光器土偶』の代表『しゃこちゃん』である。今日の最大のお目当てはこの土偶サン。2月の青森探訪でお目にかかれなかったのだが、漸く、夢がかなった。『仮面の女神』と並んで私が大好きな2大スター土偶だ! 重要文化財指定

しゃこちゃんと同じサイドの展示スペースには、この他にも有名な土偶さん達が自己主張している。下記の写真上から「ミミズク土偶」「遮光器土偶模倣土偶」そして「腕長(または猫顔)土偶」である。ちなみに、ミミズクと遮光器模倣は「重文」である。

こちらも超有名な『ミミズク土偶』(埼玉県さいたま市岩槻区真福寺出土)ミミズクは鳥、ふくろうの仲間のようなものである。私には、遮光器土偶と同様、宇宙人にしか見えないのだが。。。 これも重要文化財指定
こちらも超有名な『ミミズク土偶』(埼玉県さいたま市岩槻区真福寺出土)ミミズクは鳥、ふくろうの仲間のようなものである。私には、遮光器土偶と同様、宇宙人にしか見えないのだが。。。 これも重要文化財指定
こちらは、知名度は少し劣るものの重要文化財指定を受けている。特に愛称はないようだが『遮光器土偶模倣土偶』と呼ばれているようだ。(北海道室蘭市輪西町出土)
こちらは、知名度は少し劣るものの重要文化財指定を受けている。特に愛称はないようだが『遮光器土偶模倣土偶』と呼ばれているようだ。(北海道室蘭市輪西町出土)
こちらもかなりの有名土偶。『腕長土偶』とか『猫顔土偶』と称されている。(山梨県御坂町上黒駒出土)調べてみたのだが、重要文化財指定は受けていないようだ。インパクトは抜群なのに・・・
こちらもかなりの有名土偶。『腕長土偶』とか『猫顔土偶』と称されている。(山梨県御坂町上黒駒出土)調べてみたのだが、重要文化財指定は受けていないようだ。インパクトは抜群なのに・・・

 結局、国立博物館では「5体」の重要文化財縄文土偶さん達に対面できたのだ。顧客訪問の隙間時間の活用としては満点に近い成果と言えるだろう。そして最後は、これも重要な作法である「縄文土偶グッズのショッピング」である。平成館を後にして、本館のミュージアムショップに向かった。狙いは「しゃこちゃんのレプリカ」である。尖石考古博物館で購入した「縄文のヴィーナス」や「仮面の女神」のレプリカと並べてオフィスで鑑賞するのが目的だ。ちょっと心をときめかせて、ミュージアムショップの中を探し回った。

そこでは、軽いショックに襲われた。これまで訪問した函館市縄文文化交流センター、三内丸山遺跡の縄文ミュージアム、そして尖石縄文考古館は、それらが所蔵する有名土偶や縄文時代の土器等がメインの展示物である。故に、付属する博物館ショップのグッズも土偶等が中心だった。しかしながら、国立博物館にとって、縄文土偶は展示物のごく一部に過ぎないことを痛感した。いくら探し回っても、しゃこちゃんのピンバッジやキーホルダー、土偶や埴輪のシール位しか置いていないのだ。

ショップの方にダメもとで「遮光器土偶のレプリカとかありません?」と尋ねると、何台も並んだレジスターに程近い場所を指さした。「レプリカはありませんが、ミニチュアの記念グッズならあります。」との事。私が見過ごしていたのだが、大きな透明のケースの中に、直径8cm程のこれまた透明なボール状の容器が山盛り状態になっている。商品説明の札を読むと、しゃこちゃんや人や馬の埴輪など、計6種類のミニチュアがそれぞれのボールに1個ずつ入って販売されている事が判明した。但し、何が入っているかは外からまったくわからない。値段は1個400円。ミニチュアの大きさは5cm程度であろうか。要は大がかりな「ガチャガチャ」である。ケースに数カ所空いている穴から手を差し入れて、お気に入りのボールを取り出すのだ。レジで代金を支払って、その後は「何が入っているかのお楽しみ」という奴である。私が欲しかったのは、高さ15~20cm位のしゃこちゃんのレプリカである。とりあえず記念にと、しゃこちゃんの金色のピンバッジと土偶&埴輪シールの購入は決めていたが、この一風変わったガチャガチャについては、どうするか迷った。

「あの~、遮光器土偶のミニチュアだけが欲しいんですが…」と側にいたショップの方に相談してみると、「選んで購入する事は出来ません。博物館来場記念のお楽しみミニチュア・コレクションです。」という素っ気ない答が返ってきた。「え~い、6分の1の確率に賭けて、しゃこちゃんミニチュアをゲットするぞ!」腹を括ってケースの穴に手を突っ込んだ。こういう時は、邪心の無い心でしゃこちゃんに呼びかけるのだ。必ず何かの反応が返ってくるはずである。透明のボールを5~6個撫で回すと、その内の1個で指先に微弱な電気が走ったような感覚があった。間違いなくこれだ。確信を得て、ボールを握ったまま、穴から手を引き抜こうとすると、引っ掛かって取り出せない。3~4回チャレンジしたが無理だった。

この時になって初めて、これがお子さん向けの記念品であるらしい事に気が付いた。私が、苦戦しているのをアジア系と思われるカップルの外国人観光客が面白そうに(というか馬鹿にして)眺めている。ここで諦めたら、日本人の恥である。何とか右手の指先の部分でつまんで、目指す1個を取り出した。「どんなもんだい! 日本人を舐めんなよ」である。レジで精算を終え、ボール状の容器をすぐにでも開きたい衝動を抑え、本館ミュージアム・ショップを後にした。まだ所用が1件と個別訪問のミーティングが2件も残っているのだ。しゃこちゃんミニチュアとのご対面は、自宅に帰ってからとしよう。

すべてのスケジュールを終え、川崎の自宅に帰り着いたのは午後7時ちょっと前だった。早速、書斎で透明ポールケースの封を開けた。あの時、指先に流れたビリっという感覚は、中身がしゃこちゃんである事を伝えているに違いない。まったく疑う事無く、容器の中に入っている袋を開こうとした。手の感触は、中身がやや細長く、人型の形状である事を感じ取っている。ほ~ら、やっぱりしゃこちゃんだ。やや誇らしげに中身を机の上に置いた。だが、そこに現れたのは、同じ人型でも『弥生時代の埴輪』だったのだ…

このようにして、私の有名縄文土偶さん達とのご対面@東京は終わりを迎えた。だから、東京は嫌いだ!

トリグラフ・リサーチ 稿房主

(Vol.376)