『尖石石器時代遺跡』は、国宝土偶「縄文のビーナス」さまと「仮面の女神」さまが収蔵・展示されている「茅野市尖石縄文考古館」の南側、道一本を隔てた場所にある『特別史跡』だ。
特別史跡とは、「史跡のうち、学術上の価値が特に高く、わが国文化の象徴たるもの」と規定されており、現在のところ、全国で指定を受けているのは62件だけである。この内、縄文時代の特別史跡は、尖石以外では「三内丸山遺跡」(青森県青森市)、「大湯環状列石」(秋田県鹿角市)、そして「加曽利貝塚」(千葉県千葉市)の3つしかない。
とても重要な史跡なのだが、これまで訪れた事はなかった。何回も「尖石縄文考古館」には足を運んできた私ではあるが、興味は「土偶さん」だけだったので、スルーしてきたのである。2月18日には敢えてその逆、「遺跡のみ訪れて、考古館はスルー」という対応をする事とした。「尖石石器時代遺跡」の基本情報は下記の通りだ。
尖石石器時代遺跡
所在地:茅野市豊平南大塩
標高: 1,070m
面積 :67,000㎡(与助尾根遺跡を含む)
年代: 縄文時代中期(約5,000年前~約4,000年前)
遺跡の標高は1,070mとかなり高い場所にある。八ヶ岳オフィスとの差は250m(遺跡の方が低い)に縮まるので雪はまだかなり残っている。
遺跡の案内板を読んで、発掘調査が昭和15年(太平洋戦争前だ)に始まった事を知り、ちょっと驚く。昭和25年の「文化財保護法」施行前ではないか…
これまでに発見された住居址は全部で219軒(戸)。未調査地域も多く、すべてを調査すれば300軒超の住居址が埋没しているであろうと推定されている。正に「縄文中期の大集落」である。取り敢えず、33号住居址に向かい何枚か写真撮影。その後は、遺跡の名称の由来となった「尖石(とがりいし)」を初めて見学した。
しかしまあ、なんて素晴らしい自然環境だろう。縄文時代中期のこの地は、今よりも「温暖」であったらしいので、縄文人はこの絶好のロケーションの集落で、日々、自然に感謝しながら sustainableな暮らしを営んでいたのであろう。
私は「宗教」には何の興味も関心も無いが『八百万神』については全面的に信じている(と言うか、実感する)。八ヶ岳に生活・仕事の第2の拠点を置き、全国各地の縄文土偶さんや遺跡を訪れるようになってから、その思いはさらに強まっている。
『八ヶ岳縄文遺跡の四季 ③』
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