八ヶ岳私的パワースポット ①尖石遺跡の尖石さま

八ヶ岳に周辺に数多く点在する「縄文遺跡」を訪れると、その環境の素晴らしさに感動する。

そこで、争わずして暮らし、1万年以上の長きに亘る「持続可能な社会」を実現した「縄文人」は、現代人のナビゲーターと成り得る存在だ。

そんな縄文人達が慈しんだ「聖地」を訪れると、地脈や岩、或いは樹木等々が生み出す「波動」のようなものを感じる。

私的には「最上級のパワースポット」なのである。

世の中が、COVID-19パンデミックをトリガーに「不可逆的な変化の時代」に突入したのはどうやら間違いなさそうだ。

だが、その行き着く先は、現時点では霧の中にある。

こんな混沌とした(カオスな)時代の中で「針路」を見誤ることのないように、今年から八ヶ岳オフィス滞在中に「縄文聖地」を巡礼し、そのパワーに浴し、自身に備わったソナーの精度を高めようと決めた。

『八ヶ岳稿房』の縄文系読者諸氏に、そんな私の旅をお伝えする事にしよう!
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第1回目は「尖石遺跡」だ。

「縄文のビーナスさま」と「仮面の女神さま」という2大国宝土偶を収蔵する「尖石縄文考古館」の名称の由来となった「尖石遺跡」は「縄文の道」を間に挟んで、考古館の対面の位置にある。

私は、八ヶ岳オフィスから車で17~18分の場所にある考古館をふらっと訪れた際には、大雨でも降っていない限りは、必ず「尖石遺跡」のシンボルである「尖石さま」にもお参りする事にしている。

考古館の駐車場から100m程下った道端にD4を駐車して「尖石さま」まで3~4分歩くことが楽しみなのだ。

「尖石遺跡」は縄文住居跡が1カ所残されているのみで、復元住居等はない。

縄文遺跡である事が伝わってくるのは、この縄文住居跡のみ。復元住居などはない。

あるのは、周辺の山々を遠望出来る「広大でなだらかな傾斜地」だ。

縄文住居跡から茅野市街方面を眺める。八ヶ岳エコーライン方向に向かって広大で緩やかな傾斜地が広がる。このロケーションが「特別な地」である事を物語る。
尖石さまに向かって広大で緩やかな傾斜地を歩く。八ヶ岳方面にも遮るものはない。

だが、この地に立っただけで尖石遺跡が「特別な地」であったことを実感できる。

縄文住居跡の脇には「尖石さま」への道標がポツンと立っている。

尖石遺跡はシンプルそのもの。唯一目立つ人工物は、この道標だけである。

示す方向に向かって歩くと、すぐに階段が視界に入ってくる。その階段の下に鎮座するのが「尖石さま」だ。

「尖石さま」に向かって下る階段もシンプルな構造だ。この素っ気なさがまたイイ!
階段を下り切ると、尖石さまが御柱に守られて鎮座している。

ただその地に「尖った石(岩)」が祀られているだけなのだが、私はいつも様々な角度から「尖石さま」を眺めて5分程は過ごす。

尖石さまは注連縄で飾られ、脇には小さな石の祠がある。この角度から見ると、石の表面に削られたような無数の跡が残されている事がわかる。
尖石さまを様々な角度から観察する。正に「尖った石」という表現が相応しい。

解説プレートが置かれているが、これも毎回、読み直す。心惹かれるのは最後の一文。

「縄文時代に磨製石斧を制作した際に、共同砥石に使用されたものとも、また縄文時代には石を重要な利器としたところから、地中から突き出したこの石を祭祀の対象としたものであろうともいわれています。」と記されていた。

「尖石さま」の解説プレート。何回訪れても、最初から読み返してしまう。

「縄文人の共同砥石か…」頭の中に、その光景を浮かべるのが「密かな楽しみ」なのである。

この苔むした石が縄文時代の頃から人々の暮らしを見守ってきたんだな…

この「苔むした石」は、5,000年以上も「人々の暮らし」を見守ってきたのであろう。

正に「聖地(聖石)」である…