【縄文土偶探訪記 Season 1 Vol.3】茅野市尖石縄文考古館(長野県)その弐

探訪博物館: 長野県 茅野市尖石縄文考古館
http://www.city.chino.lg.jp/www/toppage/1444796190237/APM03000.html
探訪日: 2014年3月19日
探訪目的: 国宝土偶「縄文のヴィーナス」「仮面の女神」他 

 尖石縄文考古館の室内展示室は、1フロア大小7~8つの程度のスペースに区分されている。受付前のロビーには、[史跡公園・竜神池周辺の野鳥たち」と題した考古館周辺に生息する野鳥の写真展が開催されていた。「縄文のヴィーナス」と「仮面の女神」対面前のウォーム・アップとして、まずは、野鳥達の写真を数分眺めた。これで心の準備は万端である。

考古館入り口を背に受付前のロビーに立つと、右手側に4つの常設展示室が並んでいる。手前から奥に向かって、A、B、C、Dという室名が付されていた。さあ、これからが本当の「縄文遺跡探訪」である。まずは、展示室Aだ。ここには、尖石遺跡・与助尾根遺跡調査の経緯やそれに尽力した宮坂英弌氏の業績が展示されていた。お目当ての「有名土偶のお嬢さん達」は、その隣の展示室Bにいらっしゃる。「楽しみは最後に」と思い、B室は敢えてスキップした。テレビ局のスタッフがB室で撮影中であった事も後回しとした理由のひとつである。B室よりも奥にあるC室に足を運んだ。この展示室が最も広い。ここには、茅野市内の遺跡から出土した土器・石器等が数多く展示されていた。最も奥にあるD室は、学習コーナーと繋がっている。土器や石器なども展示されているが、それよりも縄文時代の生活がどんなものであったかを伝える事に主眼が置かれているようだった。体験コーナーでは、申し込めば、粘土を材料に、縄文土器や土笛などを作る「縄文体験(有料)」ができるようになっていた。展示室A→C→Dと回るのに、おそらく20分程を要したと思う。

次に訪れたのが、入り口を背にして受付前左手に位置する「特別展示室」である。ここには「仮面の女神」発掘関連の資料が並んでいた。勿論、すべての資料や解説文にしっかりと目を通した。所要時間は10分弱である。いよいよ残すは、「縄文のヴィーナス(本物)」と「仮面の女神(レプリカ)」が鎮座する「展示室B」のみだ。扉のないオープン・スペース型の展示室に足を運ぶと、まだテレビ局の撮影が続いていた。邪魔をしては悪いかなと思い、展示室の奥に進むのを躊躇していると、カメラマンが「もう撮影はほとんど終わったので、自由に見て下さいね。」と声を掛けてきた。それならOK、さあ、ご対面の時だ。展示室入り口から見て、手前左手に「縄文のヴィーナス」、中央奥に「仮面の女神」が置かれていた。

函館のかっくっちゃんとの出会いの際には「ぱり~ん」という感じで「小災厄期」の終わりを感じたが、今度はちょっと感覚が違う。ジワジワではなく「ずこ~ん」とか「ずど~ん」という迫力で何とも言えない「懐かしさ」のようなものが込み上げてきたのだ。「縄文のヴィーナス」から伝わってくるイメージは「豊穣」「安定」「母性」である。一方、「仮面の女神」からは、「普通の人間が決して近寄ってはならない(近寄れない)領域の存在(巫女・退魔・黄泉)」のようなものが感じられた。2つの土偶を我を忘れて交互に眺めた。勿論、写真撮影も忘れなかった。『銀行業界鳥瞰図』では、以下に、それぞれの土偶のワンショットを紹介しよう。

国宝【縄文のヴィーナス】 豊穣の女神 と私は感じた!
国宝【縄文のヴィーナス】 豊穣の女神 と私は感じた!
【仮面の女神】残念ながら「国宝審査」のために本物は@東京 5月下旬には、尖石縄文考古館に凱旋の予定
【仮面の女神】残念ながら「国宝審査」のために本物は@東京 5月下旬には、尖石縄文考古館に凱旋の予定

展示室Bの手前右手には、もうひとつ「超豪華」な展示スペースが用意されていた。レプリカであるものの、「縄文のヴィーナス」以外の『3つの国宝土偶』が並んでいたのだ。陳列ケースの中、左から「かっくうちゃん(中空土偶)」「合掌土偶」「縄文の女神」の順である。国宝土偶オールスターズと言えるだろう。「すっ、素晴らしい…」思わず声が出てしまった。その瞬間、私は自分が「最上級のパワー・アイテム」に囲まれていることを実感したのだ。【至福の時】とは、正にこういう瞬間なのであろう。

私が、あまりにも熱心、かつ、楽しそうに土偶を見つめていたためであろうか、取材に来ていたテレビ局(SBC信越放送)のクルーが興味を抱いたようで、近寄ってきた。そして、時間にしては2~3分であろうか、軽いインタビューを受けた後、「仮面の女神」に見入る私を撮影したいとの依頼があった。断る理由がなかったので受け入れた。15分程、展示室Bで、5つの「国宝級土偶(1つが本物、4つがレプリカ)」を様々な角度から凝視した後、受付に戻って、「仮面の女神発掘」のビデオ上映をお願いした。上映時間は13~4分。特別展示室で学んだことが、要領よくまとめられていた。

その後、どうしても展示室Bでもう一度、国宝土偶オール・スターズに会いたくなって、また10分程、見(魅)入っていた。どうやら相当暇な「考古学ヲタク」と思われたらしく、今度は取材に来ていた「信濃毎日新聞」の記者のインタビューを受けた。よくよく考えれば、平日の午前9時~10時である。まともな52歳の社会人であれば、土偶をうっとりと見つめているシチュエーションではない。さらにその時の格好は、超ラフ(コーデュロイ・ジーンズにダウンベスト、髪の毛はボサボサ)だ。マスコミの人達の目には、「The 暇人」と映ったのであろう。

最後の儀式は「考古館ギフト・ショップ」でのショッピングだ。「欲しいと思ったものはすべて買う!」これが、私が「縄文ハンター」モードになった時の嗜みである。「縄文のヴィーナス」と「仮面の女神」の小型レプリカを含め、書籍や小物を大きな紙袋いっぱいに買い込んだ。結局、考古館での滞在時間は約1時間15分、オフィスに戻ったのは10時半ちょうどだった。こうして、私の【尖石縄文考古館】探訪は、大いなる充足感の中で終わりを迎えたのだ。

【顛末記】SBC信越放送と信濃毎日新聞のインタビューを受けた事については、気にもせず、その場でほとんど忘れていた。開館から15分程すると入館者も増え、マスコミさん達は、私以外の入館者にもインタビューをしていたからだ。オフィスに戻ってからは仕事に没頭。午後3時前に、珈琲を飲みながら、オフィスのテレビを眺めているとローカル・ニュースの時間になった。何本目のテーマであったかは忘れてしまったが、「仮面の女神」国宝申請のニュースとなった。尖石縄文考古館で記念特別展が開催されている旨を紹介するものだ。

テレビ局のクルーが「仮面の女神」についての感想を求めている。どこかの暇そうなオッサンが「仮面の女神が、国宝に認定されると聞いて、居ても立っても居られなくなって、朝一番で車を走らせてやってきた」みたいな事をしゃべっていた。『ふん、世の中暇で、もの好きな奴がいたもんだ』と思い、画面を凝視すると、そこには、私がいた。思わず、珈琲を吹き出しそうになったのは言うまでもない。

気になったので、夕方6時15分からのローカル・ニュース番組も見た。こちらは、トップニュース扱いである。そして、そこにも「暇人(ひまじん)」の私がいた。さらに、気になったので、信濃毎日新聞のWeb版を確認した。こちらには、実名と年齢入りで、私のコメントが載っていた…扱いを見ると、どうやら「夕刊紙」の記事となっていたようだ。

このように「縄文ハンター 大久保」のマスコミ・デビューも、想定外の展開となったものの無事に終了したのである!振り返ってみると、この偶然のマスコミ報道も、私が「縄文土偶さん」にのめり込む切っ掛けのひとつになったように思う。そう、すべては「細やかな啓示」なのだ…

トリグラフ・リサーチ 稿房主