【オフィス・セルフビルド回顧録】エピローグ 「自爆テロ」の日

大晦日と正月三箇日を川崎自宅でノンビリと過ごした私は、2014年1月4日の朝、八ヶ岳に初出勤した。8日の朝に川崎自宅に戻らねばならなかったので、作業可能なのは7日までだ。この間、12月30日の完工宣言時点では未了になっていた、床材塗装、ロフト1Fの書棚作成、テレビ台組立、そして、本当の意味でオフィス・セルフビルド作業の締め括りとなる「ロフト用階段の固定作業」を終える計画であった。

4日の午後から作業を開始し、6日までに書棚の作成とロフト以外の床部分の2回塗りまでが完了。7日は、ロフト1Fに置くテレビ台の組立とロフト上下スペースの2回目の塗装作業を残すのみとなった。お昼過ぎには、テレビ台組立とロフト下(1F)スペースの塗装が無事に完了。軽い昼食を済ませ、午後2時から最後の作業に取り掛かった。その際に、オフィスの状況を撮影した写真が数枚残っている。

1月4日から床材塗装作業とロフト1Fの書棚作成作業に着手。7日には、ロフト上下床の2回目の塗装作業とテレビ台組立工程を残すのみとなった。既に2回目の塗装を終えたオフィスの床は美しく輝いている。
『自爆テロ』前に最後に撮影したのがこの写真である。撮影時間は、2014年1月7日14時29分と記録されている。この後の「自爆テロ」発生前後の記憶は定かではない。

最後の1枚の撮影時間は午後2時29分。見ての通り、オフィスの床は美しく輝き、素晴らしい仕上がりとなっている。

だが、私はこの後の記憶が定かではない。ふと気が付くと、オフィスの天井が見えた。意識朦朧とした状態で周囲を見渡すと、左脇に塗料のペール缶、右側後方に電動サンダーが転がっていた。そして、ロフトの開口部の中央からやや右寄りの位置に脚立が置かれていた。脚部を伸ばすと天板の高さが1.8n位になる、3脚保有する脚立の内、真ん中のサイズのものだった。

ロフトの階段は固定前で、ロフト開口部手前の床に横たえてあった。石油ファンヒーターは何故かスイッチが切ってあり、オフィス室内は気温はちょっと肌寒さを思える程度に低下。右側の肩、上腕部、後頭部、そして何故か左腰に、鈍い痛みがあった。オフィス内にはまだ時計は設置しておらず、塗装作業のためか腕時計も付けていなかった。したがって、意識が戻った時の正確な時間はわからなかった。

周囲の状況から察するに、ロフト上部の2回目の塗装作業を行おうと、左手にペール缶、右手に電動サンダーを持った状態で脚立に上り、その途中でバランスを崩して、体右側から床に叩き付けられたのであろう。どの程度の時間が経過していたかは不明だが、気を失っていたのは間違いない。幸い、体に体のどこにも激痛はなく、骨折等の心配はなさそうだった。

どんな事があっても作業を終わらせたいという意識が働き、意識が戻った後も何とか作業を続けた。ロフト上部床の塗装を終えると、次は「真の最終工程」であるロフト階段の固定である。開口部の左側に位置決めし、インパクトドライバで90mmのステンレス・コーススレッドを計6本打ち込んだ。これによって、オフィスのセルフビルドは「本当の意味で全行程」を終了した。安堵感からその場にへたり込んでしまい、数分動けなかった事だけは鮮明に記憶している。既にオフィス周辺は暗く、八ヶ岳本宅に戻って時間を確認すると午後5時20分だった(これも何故か覚えている)。

翌朝には、川崎自宅に戻らねばならないため、その日の夜は軽く食事を済ませた後、八ヶ岳本宅の風呂にジックリと浸かって、痛めた体を温めた。午後10時頃には寝入ったように思う。翌朝6時過ぎに目覚めて異変に気が付いた。全身が痛くて身動きできない。

這うようにして、本宅の水抜き作業をして、D4に荷物を積み込み、本宅、オフィスの戸締まりを終えて、7時前に八ヶ岳オフィスを後にした。特に左腰と右肩の痛みが酷く、D4に乗り込むだけで大変だった。「幸い」と言えるかは微妙だが、ハンドルやブレーキ・アクセル操作に支障はなく、何とか運転できた。八ヶ岳を発つ際に家内に電話を入れ、状況を説明した上で、掛かり付けのカイロプラティックの先生の予約を依頼した。

その後の顛末は、旧『銀行業界鳥瞰図』2014年2月5日号に記している(https://triglav-research.com/?p=6274)。私は、この最終作業におけるアクシデントを『自爆テロ』と称している。この後、私はさらにインフルエンザに罹り(バイオハザード禍)、2014年の1月ほとんどを棒に振る事になった。毎年11月の第1週にインフルエンザの予防接種を受ける事を習慣化していたのだが、2013年はセルフビルド作業に忙殺され、未接種のまま年を越したのだった。

まあ、こんな具合にオフィス・セルフビルド作業は、そのエンディングも衝撃的であった。読者の皆さんは「何故、そうまで無理をして、わざわざ八ヶ岳にセルフビルドでオフィスを構えるのか?そんな事に何の意味があるのか?」と思われるかもしれない。だが、『伊達と酔狂』という社是を貫くとはそういうものなのである!