八ヶ岳はいつもと変わらない… 心和む「八景」

前回、「一転して春の予感」と脳天気な内容を配信したのは2月21日の事だった。その翌日、22日の早朝、千葉の実家の父より、入院中の母が午前5時前に亡くなったとの連絡が入った。

社主さまと八ヶ岳滞在中であった私は、取るものも取りあえず、新百合ヶ丘の自宅へ戻り、その後、千葉県南房総市の実家へと向かった。それからの1週間程は、正に「乱気流」に巻き込まれたかのような日々だった。

近親者が亡くなったのは、我が58年の人生において初めての経験。喪主として、葬儀、納骨、初七日等を済ませた後は、落ち着く間もなく「講演週」に突入。先週後半の地方出張と今週前半の東京での3件の講演を終え、一昨日(11日)にほぼ20日ぶりに八ヶ岳オフィスに出社した。

「予期せぬ事態」で丸1週間も仕事が手付かずになったのも、1984年4月に社会人になって以降、初めてだった。そのため業務の段取りが「崩壊状態」に陥っており、今日の昼前までは戦線の立て直しに忙殺された。

オフィスのカレンダーは、どれも2月のままで、まるで時間が止まったかのような状態だった。2月のカレンダーを剥がして3月に変えた。そして、今日が「13日の金曜日」である事に気が付いた。

2月22日から早3週間が経過。長かったのか短かったのかも、よくわからないが、兎に角「疲れた」のは間違いない。

そうか、『八ヶ岳稿房』も丸3週間休稿していたんだな。見事に忘れていた…

軽い昼食を済ませた後、所用で本郷の郵便局に出掛けた。その帰り掛け、お気に入りの写真撮影スポットにD4を駐車し、八ヶ岳を仰ぎ見た。

世の中は、COVID-19パンデミックによる混乱で「荒(すさ)んだ」という表現がピッタリの状況にあるが、八ヶ岳はまったく無縁であるかのように悠然としていた。

本郷郵便局で所用を済ませた後、お気に入りのスポットで八ヶ岳を仰ぎ見た。その悠然とした姿はいつもと変わらない。

いつもと変わらない八ヶ岳に見とれている内に、何故か無性に「井戸尻」に行ってみたくなった。迷う事なくD4で直行。

考古館の駐車場にD4を置いて周辺を散策。ここも世の中のざわつきとはまったくの別世界、正に「神々のおはします地」だった。

井戸尻から眺める南アルプスの山々も当然ではあるがいつもと変わらなかった。
写真中央にボンヤリと見えるのは富士山だ。
井戸尻からは南アルプスや富士山だけでなく八ヶ岳の山頂部も仰ぎ見る事が出来る。
「水温む」という表現がピッタリの穏やかな光景だ。
残念ながら水車は回っていなかった…
復元住居の周辺はまるで時間が止まったかのように静謐だった。
紅梅かな? 今年の梅の開花は平年より1ヵ月も早いそうだ。

ああ、やっぱり「八ヶ岳」はいいなあ…