思わず「ちゃん付け」したくなる愛らしさ – 北村遺跡出土土偶の『あきちゃん』

【縄文土偶探訪記】(http://triglav-research.com/?page_id=20285)は一旦、手仕舞いしたものの、八ヶ岳界隈で出土した土偶さんについては、資料整理も兼ねて『稿房通信』で情報発信するつもりだった。

だが、もう随分と土偶さんネタから遠ざかっている。最後に「八ヶ岳縄文道」で土偶さんを紹介したのはいつだったか? 確認してみたら2月16日の「ウーラちゃん」だった。もう2ヵ月近くも経っているじゃないか…

「土偶さん」は冗談抜きで「夢」に出てくる。この点が、野鳥、文房具、デジタルガジェット等の他の趣味とは異なる。私は、ほとんど「夢」を見ない(厳密には、見た夢を覚えていない)ので、余計に強烈な印象として残るのだ。

今日は、昨年2月1日に夢に現れて、その後の怒濤の【縄文土偶探訪記】 Season 4の切っ掛けとなった土偶さんを紹介しておこう。「安曇野市北村遺跡出土(ずみのたむらいせき)」出土の土偶さんなので、私が勝手に「あきちゃん」と呼んでいる。

安曇野市の北村遺跡出土の土偶さんなので「あきちゃん」とお呼びする事にした。ミステリアス系、吊り目美人系といった八ヶ岳周辺の主流派土偶さんとは異なり、本当に「愛らしい」お顔立ちだ。

収蔵されているのは「長野県立歴史館」で、縄文時代後期(4500年程前)の土偶さんである。県立歴史館に展示されているレプリカではない土偶さんの中ではエース的存在なので、愛称位はあるだろうと調べたのだが見つからなかった(無さそうだ)。

愛称やレプリカの販売等は無かったが、長野県立歴史館のHPのキッズコーナーで、あきちゃんのイラストを発見!

『仮面の女神さま』や『ウーラちゃん』と同じように「仮面」を被った土偶と分類されているようだが、兎に角、表情が愛らしい(愛称は無くても愛想はある!)。

あきちゃんを正面斜め上方から撮影。頭部の深い溝から、やはり「仮面」を被っているのだなと推定。頭頂部の出っ張りは何だろうか?帽子も被っているのかな??

仮面の女神さまのように、全身が発掘されて展示されているのではなく、顔と両腕(肩から手の先まで)のみである。もし、この顔と腕のサイズに見合った身体があったとすれば、山形県立博物館の国宝土偶「縄文の女神さま」を上回るような巨大な土偶になるはずだ。

あきちゃんを脇から撮影した写真。その「薄さ」に驚く。まるで「板状土偶」みたいだ。この薄さでは、身体部分があったとしても、あきちゃん単独で立つのは難しいだろう。

向かって右側の手は、ちょっと離れた部分の突起が「親指」だとすると、指が全部で6本か7本あるように思える。眉の先がクルッと巻いているように見えるのだが、巻いている部分は髪飾りか耳飾の類かもしれない。

こんな感じに、じっくりと見ていると、色々な意味で想像力を掻き立ててくれる土偶さんなのだが、不思議と詳しい資料らしいものが見つからない。ネットで検索をかけてもヒットするのは、私が配信した「長野県立歴史館」探訪記とその他数件の情報程度である。

仕方ないので、出土した『北村遺跡』について調べてみた。1987年中央自動車道長野線の建設に伴う調査により発見された遺跡との事。「阿久遺跡」と被るストーリーである。

190体(300体との記述もある)の人骨や500基近い土壙墓(どこうぼ)が発見されたので「典型的集団墓地」と考えられているようだ。人骨はすべて屈葬されており、内陸部遺跡での縄文時代人骨の大量出土は珍しく、縄文人の身体の特徴や摂取していた食料を知る手がかりとしても貴重な遺跡との事。

「そうか、あきちゃんは、集団墓地 或いはその祭祀場の番人(墓守)だったんだな…」と勝手に断定。だとしたら「幼くして亡くなった子供達を優しく見守る役目」を担っていたに違いないと想像をさらに膨らませた。そう、『土偶さんワールドに正解は無い』のだ。これも大きな魅力のひとつである!

【八ヶ岳縄文道】⑥

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