土偶さんが夢に現われた…

子供の頃から夢を見た記憶があまりない。正確には「就寝中に見た夢を覚えていない」と表現すべきだろう。おそらく、覚醒時に夢みたいな事ばかりを考えているので、夢を記憶する余裕も必要もないのだと思う。

今年に入ってから見た夢で記憶しているのは、昨晩まではひとつだけだった。忘れもしない1月7日の早朝、夢に縄文土偶さん達が登場した。深い森の中を私1人で歩いていると、突然、太陽の光が降り注ぐ山間のスペースが眼前に広がった。何となく、井戸尻考古館(https://triglav-research.com/?p=12714)周辺の雰囲気に近かったような気がする。

スペースの中央に伸びる一本道を歩いて行くと、前方がやや低くなっており、そこに人のようなものがビッシリと軍隊風に並んでいた。近づいてみると、すべてが縄文土偶さんなのだ。確か「仮面の女神」「ウーラちゃん」が私の方をじっと見つめていたような…

「すっ、凄いぞ~。土偶さん達の兵馬俑だ~。」と叫んだところで目が覚めた。どんな些細な事でも家内(社主)に報告する私は、夢で考古学上の大発見をした事を伝えた。「で、それが何なの?」というつれない言葉が返ってきたのは言うまでもない。

なぜ、この夢が1月7日の早朝であった事を覚えているかというと、数時間後に、昨日の「稿房通信」で伝えた「悲劇(定番マクロ資料のアップデート用ファイルが壊滅的被害を受けた)」が起こり、その後、不毛の作業が延々と続く2日半を過ごしたからである。

そして、TRIGLAV 2017BPR PROJECTを無事に完了した直後(今日の朝)に、また土偶さんが夢に現れたのだ。今回は兵馬俑風でなく単体だった。私の胸の上で、両肘を広げるようなスタイルで土偶さんが顔を近づけてきた。表情はどことなく恨めしそうだ。息苦しさを覚え、わっと叫んで目が覚めような気がする。

直ちに社主に報告。ホウレンソウ(報連相)は、零細企業経営者の嗜みである。今度は一言。「祟られてるんじゃないの?」という的確かつ残酷なオピニオンが返ってきた。

あの土偶さんは、どなただったかしら?見覚えがあるのは確かなのだが… 書斎のデスクトップPCで、直ちに「縄文土偶探訪記」の写真フォルダをチェックした。2分も要せずにお目当ての土偶さんを発見。長野県立歴史館でお目に掛かった土偶さんだ(↓)。探訪日は、2015年8月27日。そうか、1年5ヵ月も「お蔵入り」状態だったのか…

夢に出てきた土偶さん@長野県立歴史館。探訪日は2015年8月27日となっている。随分と長い期間「お蔵入り」状態だったわけであり、夢に現れた理由も何となく理解できる。縄文土偶探訪のために訪問した全国各地の歴史博物館等は既に70館を超えている。【縄文土偶探訪記】で紹介してきたのは、その一部分に過ぎない。「埋もれた状態」の土偶さん達を今後は記録と記憶を頼りに、改めて紹介して行こうと決意した!ちなみに、夢に現れた土偶さんは、写真のような愛らしさはなく、もっと恨めしそうなお顔だった…

縄文土偶さんとの出会いを求めて探訪した全国各地の博物館は既に60館を超えている(これって結構、凄いと思う)。だが、「縄文土偶探訪記」で紹介できているのは、その一部分に過ぎない。

2016年は「トリグラフ・リサーチ FinTech基盤整備」に集中したため、土偶さん探訪の頻度は激減し、縄文土偶探訪記の執筆は、わずか1本(https://triglav-research.com/?page_id=15476)という体たらくである。「これじゃあ、土偶さんも夢に恨めしそうな顔で出てくるよなぁ」と妙に納得してしまった。

そもそも『伊達と酔狂』を社是とするトリグラフ・リサーチが、旬だからと言って、FinTechだけにのめり込むのはお洒落ではない。最も大切なのは「遊び心とバランス」である。

そんなわけで、縄文土偶探訪記は、今日2月1日より「再始動」、既訪問先情報の整理と新規探訪先の発掘を同時に進める事と相成った。TRI稿房通信には、かなりの割合で「縄文土偶ファン層」が存在する事がWebの検索履歴から確認できている。2017年は、土偶ファンの皆様にも喜んでいただけるような情報発信に取り組む事をここに宣言したい(勿論、保証は出来ないが…)。

トリグラフ・リサーチ 稿房主
縄文土偶探訪記