カテゴリー: 【ダイエット日記】

【オフィス・セルフビルド回顧録】屋根工事の苦闘編 11~12日目(最終日)-配信のお知らせ

家内と三男の「驚異的活躍」で2013年8月16日に無事に屋根工事を完了したTeam Triglavは、17日と18日で、2回目の外壁塗装を中心とした「外回り工事の仕上げ作業」を行った。

軒下(面土板)工事と窓・ドアの取付は、W社長に相談の上、9月以降に行う事を決定。天井と床を中心とした「内装工事」に9月と10月にジックリと取り組む予定を組んだ。9月~11月は、本業である金融機関向け講演がかなりの頻度でスケジューリングされており、セルフビルド最優先の生活を送る事はもう無理だったのである…

結局、外回り工事は、当初計画に対して約1週間遅れとなる8月18日に全行程を終了。窓とドアには、白い防水シートを貼って8月19日朝に八ヶ岳オフィスを発ち、川崎自宅に戻った。

8月の4週と5週は講演の予定が何件か入っていたため、8月19日の朝、八ヶ岳を後にした。「仮の窓」である防水シートが写っている、今となっては懐かしい写真である。オフィスのセルフビルド作業は9月1日の内装工事(天井工事)開始までお休みとなる。

8月18日には、痛めていた右腕や首が自然に動かせるようになり「戦力外現場監督(別名:役立たずのブタ野郎)」という肩身の狭い立場からも抜け出す事が出来た。「9月からの内装工事では『小細工の魔術師』である私が本領を発揮するぞ!」と、心に誓った。

小型のバールを、動かせるようになった右手に持って、Tさんと打ち合わせをする下掲の(懐かしい)写真を見て不思議に思った。「どうして連日のハードワークにもかかわらず、あの頃、私の体重はまったく減らなかったのだろうか?」と…

W社長に相談した結果、窓とドアの取付は床材貼り工事完了後にする事となった。写真は、仮の窓とするため防水シートの貼り方を相談する私とTさん。18日の朝から、漸く、腕や首が自然に動かせるようになった。私が小型のバールを持っている事がわかる。

2013年7月から12月まで続くオフィスのセルフビルド期間中、私の体重は87~89kgのレンジで極めて安定的に推移した。7月~8月は、朝から晩まで汗だくになって作業する日が多かったのだが、体重にはなんの影響もなかったのだ。

旧『銀行業界鳥瞰図』の読者はご存じのように、私の体重は2015年夏には90kgに達し、ひょんな事からその醜く太った姿がNHKの全国ニュースに3回放映される事となった。

それを切っ掛けに、半年間で独自の「トリグラフ流ダイエット」で約15kgの減量に成功(http://triglav-research.com/?p=15220し、以降、体重は76kg~78kgのレンジで安定的に推移している(かつてはメニューに「ダイエット日記」コーナーを設けていた)。

上の写真を改めて見て、結局、ダイエットに必要なのは、肉体を酷使する事ではなく、「ダイエット貫徹に対する強い意志」と「いかに楽をして基礎代謝を上げるか(体質改善を図るか)の知恵」なんだなと実感した。

実は最近、油断のためか体重のレンジが「76~78kg」の上限の方に貼り付きつつある(正直、78kg超えてしまう日もある)。そんなわけで、そろそろ72kg辺りを目標に「トリグラフ流ダイエット第2ラウンド」を始めようかと迷っている。

社会に出た際の「身長174cm 体重59kg」なんて状態の達成はもう無理だと思うが、ちょうど同じような身長の三男の体重が現在72kgで、「ああ、あの位がちょうど良いな」と日々感じている。ある日突然、稿房通信に「ダイエット日記」コーナーが復活する事になるかもしれない。可能性は49%位だが…

それから、この懐かしい写真を見て思い出したことがもうひとつある。

8月19日に川崎自宅に戻り、その後、主に東京での仕事をこなしていた私は、8月28日と29日に、金融財政事情研究会主催第85回トップマネジメントセミナーのパネルディスカッションのモデレーター役を仰せつかった(http://triglav-research.com/?p=4282)。

セミナーの際に、会う人会う人「大久保さん、どうしたの? 真っ黒に日焼けして。八ヶ岳でゴルフ三昧でしょ」みたいな言葉を掛けられた。確かに当時の私は、連日の作業で見事に日焼けして「ゴキブリのように美しく」黒光りしていたのだ。

ちなみに私は、ゴルフクラブを握ったことすらない。「オフィスを自分で作っているんです。」と説明するのに往生したのを覚えている。今となってはこれも良い思い出である。

弊社(と言うか私)の「趣味(第2本業)情報発信の発信」であるTRI稿房通信のコンテンツ「3本柱」は、【縄文土偶探訪記】【樹の家の途】、【DIY奮戦記】である。

して、DIY奮戦記のコアをなす「オフィス・セルフビルド回顧録」は、9月からは「内装工事編」に突入する。新たな展開に、乞うご期待!!

屋根工事の苦闘編 11~12日目(最終日)は、こちらをご覧下さい! → http://triglav-research.com/?p=19486&preview=true

『トリグラフ流ダイエット日記』⑥—今日を真の「目標達成日」としよう!

昨晩は、午前2時過ぎまで「ビジネス用HP」の開設準備に没頭した。今朝は8時過ぎに目覚めて、いつものように書斎に置いてある体組成計(OMRON HBF-252F-W)で体重他、7項目を計測した。体重は74.50kgと表示。これで17日夜の計測から、4回連続で74kg台を記録した事になる。正式に『トリグラフ流ダイエット目標達成宣言』を発する良いタイミングだろう。

昨年12月23日の朝に、ダイエットの目標体重であった75kgをワンタッチではあるが達成した。が、その後は76kg台を中心に推移。前回、八ヶ岳オフィス滞在期間中に「3本の柱」を厳格に遂行し、漸く、4回連続で74kg台を叩き出した。これにて「真の目標達成」としよう!

昨年12月23日の朝に、ダイエットの目標体重であった75kgをワンタッチではあるが達成した。が、その後は76kg台を中心に推移。前回、八ヶ岳オフィス滞在期間中に「3本の柱」を厳格に遂行し、漸く、4回連続で74kg台を叩き出した。これにて「真の目標達成」としよう!

繰り返しになるが、ダイエット開始は昨年8月1日、体重はちょうど90kgが起点であった。当初の目標は、今年2月末までに75.00kgに体重を落とす事。今年初めの『稿房通信』でちょこっと記したが(http://triglav-research.com/?p=15045)、実は、昨年12月23日の朝、この目標は達成済みである。だが、正に「ワンタッチの参考記録」だった。その後、クリスマスのケーキやおせち料理の誘惑に負け、さらには、昨年最後の八ヶ岳オフィス滞在期間中、枕木駐車スペースの補修作業で無理をして腰を傷めてしまった。身動出来ない程の重症ではなかったのだが、掛かり付けのカイロプラティックの先生から、完治するまではWalkingを控えめにするよう指示された。そう、トリグラフ流ダイエット3本の柱の内、第1の柱「糖質制限」と第2の柱「Walking」がぐらついたのが、年末年始だったのである。

その間の体重は、ほぼ76~77kgの間の狭いレンジで推移した。厳密に言うと、最高値は76.95kgであり、77kg台に乗らなかったのは、かなりの自信になった。そして、腰の痛みが癒えたのを契機に、前回の八ヶ岳オフィス滞在中(15日~17日)に「3本柱の完全復活」に取り組み、本日の『目標達成宣言』に至ったのである。今後は「75kg±1kg」のレンジで、体重をNormalized させる事が目標となる。

「トリグラフ流ダイエット」のこれまで語ってこなかったもうひとつの大きな特色がある。それは、徹底した Lifelog(日常生活の記録)だ。OMRONの体組成計、活動量計、血圧計、体温計を同社の提供する「WellnessLINK」プレミアムサービスで連携させ、全18項目のデータを日々、収集・記録。さらにSONY の Smartband Talk SWR30をほぼ24時間(除く充電時間)身に纏い、同社が提供する「Lifelog 」サービスで、自身の日常生活を詳細に記録してきた。

WellnessLINKとLifelogが記録したデータを常に携帯する Xperia3銃士(年末にさらにもう1台追加購入し、現在は4銃士となっている)で、暇を見つけてはチェック・分析する。気が付いてみれば、これは私の日常生活における「当たり前の所作」となっている。この習慣化が、トリグラフ流ダイエット成功の「陰の功労者」と言えるかもしれない。改めて収集してきたデータの項目数を数えたら「30項目」もあった。とても全部を紹介する事は出来ないので、今日は「体組成計」が記録してきた「7項目」の測定値を、昨年8月1日と今日1月19日の朝のデータを比較する形で下記にまとめてみた。参考までに「標準値」、自己評定、コメントまで付している。「アナリスト」を生業とするからには、ここまでやらねば満足感は得られない。

「内臓脂肪レベル」を除けば、体組成計で計測されるデータは概ね「標準値(適性値)」の上限ゾーンに入ってきた。特に嬉しいのは、体年齢が63歳から51歳へと「大幅な若返り」を実現できた事だ! 実年齢よりも3歳若いぞ!!

「内臓脂肪レベル」を除けば、体組成計で計測されるデータは概ね「標準値(適性値)」の上限ゾーンに入ってきた。特に嬉しいのは、体年齢が63歳から51歳へと「大幅な若返り」を実現できた事だ! 実年齢よりも3歳若いぞ!!

自画自賛となるが「大満足!」と言える結果である。体組成計データだけではわからないが、もうひとつ驚いた事がある。それは「平熱の上昇」だ。私の平熱は、元々かなり低く35.4℃前後だった(8月1日朝は35.35℃と記録されていた)。ダイエット遂行の過程で、体温も小まめに記録してきたのだが、これがジワジワと上昇。最近は36.5℃近辺で推移している(今朝は36.47℃だった)。平熱が1℃以上も上昇したわけであり、これは想定外の成果だった(=体の抵抗力が高まった!)。

さて、トリグラフ流ダイエットは、無事に目標を達成したわけであるが、重要なのは今後である。私は極端な「撫で肩」で、これ以上痩せると「貧相に見える」というのが、弊社社主である家内の見解だ。上記表が示すように、内臓脂肪を除いては、ほぼ「標準値(適性値)」の上限に入ってきているので、私自身もこれ以上体重を落とす必要はないと考えている。ゆえに、今後の最大のテーマは「リバウンドの絶対回避」である!『リバウンドの罠』に陥らないようにするためにも、今後も『ダイエット日記』関連ネタは、稿房通信において不定期配信する予定だ。

トリグラフ・リサーチ 稿房主
『トリグラフ流ダイエット日記』Vol.6

『トリグラフ流ダイエット日記』⑤—「3本の柱」とその「土台」とは

今朝、いつものように体組成計に乗ると、体重は 75.30 kgと表示された。8月1日の朝、90kgちょうどからスタートした「トリグラフ流ダイエット」は、当初目標時期であった来年2月末よりも、かなり早くに、ゴールに到達できそうだ。まだ、油断は禁物だが、それ程、無理はしていないので、年末までの残り10日で、自然体で達成できると予想している。

Screenshot

「ダイエット日記」とは無関係の『銀行業界鳥瞰図』試行版でちょっと触れたが、トリグラフ流ダイエットには3本の柱がある。第1の柱「糖質制限」、第2の柱「Walking」、第3の柱が「温泉」だ。当初は、RIZAPのペアコースという割引制度を使って、家内と一緒に通おうと考えていた。だが、全国各地を講演で巡業し、それ以外は、八ヶ岳オフィスと川崎自宅を往来する身である、すぐに、RIZAP通いは無理だと諦めた。じゃあ、自分でダイエット方法を研究し、しっかりと知識を身に付けた上で、独自の方法で進めようと決心したのは、あのNHKの全国ニュースで我が身が放映された愛媛出張の直後だった。

2人のS先生(http://triglav-research.com/?p=14798)が、共に、「糖質(炭水化物)制限」でダイエットに成功していたので、第1の柱「糖質制限」は、迷う事無く、すぐに決まった。第2のWalkingも、一番手軽、かつ、辛そうじゃないので、スンナリと、これだろうなという感じになった。RIZAPのように短期間に成果は上がらなくとも、まあ月2kg位のペースで、のんびりと楽して体重を落として行きたいと考えたのだ。

第3の温泉だけは、偶然である。8月の下旬に、体重減少が停滞し、糖質制限とWalkingだけでは、足りないなと感じた時期があった。そんな折、「鹿の湯」の入浴チケットに有効期限がある事を思い出した。かなりの額をまとめ買いしていたので、期限内の鹿の湯通いが必須となったのである。通いの初日、いつもは「烏の行水」である私が、30分程じっくりと温泉に浸かった。オフィスに戻って、体重を計ってビックリ。なんと入浴前と比べて、650gも減っていた。おおっ、第3の柱はこれだなと閃いた瞬間だった。

トリグラフ流ダイエットの特色は、これら「3つの柱」それぞれについて、一定水準の『知識』を蓄えた上で、「楽をしたイイとこ取り」を目論んだ点にある。しっかりとした知識を吸収するために読んだのが以下の書籍だ。電子書籍で発売されているものは、すべて、現在のビジネスのお供「Xperia 3銃士」にダウンロードして、暇があったら読むようにした。

ダイエット本

幸い、7月は全国講演シーズンだったので、新幹線や飛行機の移動時間がたっぷりとあった。2本柱とする事が決まっていた「糖質制限」と「Walking」に係る書籍については、1~2冊を除いて、8月1日の本格的ダイエット開始前には読了し、十分な水準の知識を蓄積する事が出来ていた。そして、自分なりの解釈の下、「あまり無理をしない」という事を大原則にダイエットを開始したのである。

私は書評家ではないので、個々の書籍にコメントはしないが、上掲の書籍の内容は「玉石混淆」だった。アナリストの性癖で、本の内容を鵜呑みにするような事はしない。むしろ「矛盾点」や「曖昧な点」を突くような読み方を心掛けた。特に「糖質制限」については、その問題点を指摘する書籍も敢えて読み、これが本当に参考になった。

十分な知識を蓄えた上で、常に冷静な目(半身の姿勢)で、「糖質制限」「Walking」「温泉」という3本柱と付き合ってきた。上掲書籍以外にも、インターネット上に掲載されている様々な「ダイエット成功談」のようなものもチェックしたが、その殆どが、自身が成功した手法を礼賛するものであり、旬なダイエット方法は「宗教化」しているように感じられた。

私は「馴れ合い」や「ぬるま湯」といった状況が大嫌いだが、それに負けない位、「盲信」や「のめり込み」にも嫌悪感を抱いている。だから、5ヵ月で15kg弱の体重減に成功した現在でも、「決定打はこれだった!」みたいな思いはまったく抱いていない(ゆえに、ダイエット体験談としては、面白くないし、迫力にも欠けるだろう)。

まったくのイメージではあるが、「3本の柱」の貢献度合いを比率(全体を100)で示すと、「糖質制限 40 ・ Walking 30 ・ 温泉 30」、或いは、「35・35・30」程度かなと思う。

ここまで書いて、ふと思った。子供の頃から、他人の指示に素直に(盲目的に)従った事など無かった。だから、RIZAPに通っても、おそらく、私の性格では失敗していただろう。「自分で勉強して、自分で考えて、自分のやり方にこだわる」という面倒な性癖を貫いた事こそが、トリグラフ流ダイエットの「土台」なのだと思う。

トリグラフ・リサーチ 稿房主

『トリグラフ流ダイエット日記』 Vol.5

『トリグラフ流ダイエット日記』④—挑戦の切っ掛け(後編):あのブタさんは誰?

トリグラフ流ダイエット挑戦への切っ掛け「後編」に移る事としよう。

④ あのブタさんは誰?: NHKニュースに映った醜い姿

今年7月、愛媛出張時に台風の直撃を受け、移動手段を閉ざされて松山駅で途方にくれている私の姿が、ほんの数秒であるがインタビューに答える形で、NHK全国ニュースで3回放映された。これについては、既に、稿房通信で報告済みである。NHKパワーは強力で、10月の全国講演でも至る所で、これが話題になった。たったあれだけの時間なのに、よく私だとわかったなと不思議に思う。私が、あのニュースを最初に見たのは、会食を終えたホテルの部屋だった。「えっ、あのブタさんが私か?」— 絶句した。自分の頭の中には、若い頃のスマートな姿が残像として焼き付いてたようで、ホテルのテレビの映像機能が故障しているのでないかと疑ってしまった。

出張から川崎自宅に戻ると、大きなお世話だったのだが、家内がニュースの内の1本を録画していた。最初は、偶然にNHKを見ていて、そこに映った私の姿に驚いたそうだ。もしやと思い、次の全国ニュースを録画予約していたら案の定という事だったらしい。見たくもない録画映像を強制的に鑑賞させられた上に、最後に「超デブだね…」と一言。ホテルのテレビに異常がなかった事を知ったのはこの時だ。

⑤ あのブタさんは誰?: 鏡に映った醜いダブルの略例服姿

7月の下旬に家内の親戚に不幸があり、葬儀に出席する事になった。当然ながら略礼服を着る事になる。クローゼットの中から、ゆったり目に作ったダブルのスーツを選んだ。着用するのは何年ぶりだろうか? ズボンを穿こうと思ったらウエストがキツい。アジャスターをウエスト最大に拡大したら、かろうじて穿く事が出来た。

葬儀場に着いたら、入り口の近くに大きな鏡(姿見)があった。そこには、胃と下腹部が大きく膨らんだ醜い中年のオッサンの姿が映っていた。あれは誰? ここは何処? 私はブタさん? 呆然と立ち尽くした。脇にいた家内がまた一言。「やっぱり超デブだね…」 ルビコン川を渡った私が、alea iacta est (賽は投げられた!)と心の中で叫んだ瞬間だった。

二度の「あのブタさんは誰?」ショックで、私は「ブタ積みと政策投資株式で醜く水膨れした我が国銀行のバランスシート」と自身の姿を完全に重ね合わせてしまった。「異次元金融緩和の出口なんて見い出しようもないだろう。でも、私は変わる事が出来る! そう2人のS先生のように.」— そう信じて、前に進む事を決めたのだ。

⑥ 糖質制限ダイエットは「縄文人の生活」への回帰

1人目のS先生(都市型地方銀行の元会長さん)から炭水化物ダイエットのお話しを聞いて興味を抱いた私は、翌日、関連電子書籍を2冊購入して、その内容をもう少し詳しく学んだ。最終的にはダイエットに関連して10数冊の本を読んで、トリグラフ流ダイエットに至るのだが、これは別の号で触れようと思う。実は、購入した書籍の幾つかに、『糖質(炭水化物)制限ダイエットは、稲作普及以前の狩猟・採集生活をベースとした縄文人の食生活に回帰する事を意味する』といった類の、心の琴線に触れる表記があったのだ。

こんな土偶さん達を崇め暮らしていた「縄文人」を本当に尊敬するし、羨ましく思う。写真は「5大国宝土偶」のミニチュア。全国各地の考古系博物館に置いてある「300円ガチャガチャ」で地道に(実は結構派手に)集めたもの。右奥の「かっくうちゃん」だけ、なかなか出てこなかった。

こんな土偶さん達を崇め暮らしていた「縄文人」を本当に尊敬するし、羨ましく思う。写真は「5大国宝土偶」のミニチュア。「300円ガチャガチャ」で地道に(実は結構派手に)集めたもの。右奥の「かっくうちゃん」だけ、なかなか出てこなかった。

私の『縄文土偶サン』好きは、旧『銀行業界鳥瞰図』や稿房通信の読者諸氏はご存じであろう。もっとも、Webのトップ・ページは、縄文土偶の写真がズラッと並んでいるのだから誰が見てもそう思うだろうが… 土偶さん達と同時代を生きた「縄文人の生活」への回帰。こりゃもう、挑戦するしかない。背中をド~ンと押されたのだ。

前後編2回に分けたが、以上が、私が人生初の本格的ダイエットに取り組んだ切っ掛けである。我ながら、粋でテキトーな内容だと思うが、人生なんて、まっ、そんなもんだろう。

トリグラフ・リサーチ 稿房主

『トリグラフ流ダイエット日記』 Vol.4

『トリグラフ流ダイエット日記』③—挑戦の切っ掛け(前編):2人のS先生に感謝!

11月最終日である今日の朝の体重は、77.50kg。10月の全国講演を終えた直後、11月1日朝の体重は81.30kgだったので、今月も3.80kgの減量を達成したことになる。8月1日のダイエット開始日からは、12.50kgの体重減だ! 目標の75.00kgまで残すところ2.50kgとなった。体重が順調に落ちていくのは超嬉しいのだが、問題は、TRI稿房通信「第3の柱」などとぶち上げてしまった「ダイエット日記」の行く末だ。

ダイエット日記

当初は、来年2月末を目途に75kg達成を目指していたため、月3本程度の配信、計12~13本での完結を想定していた。現状のペースで体重が減って行くと目玉商品である「トリグラフ流ダイエット」を紹介しない内にエンディングとなってしまう可能性が高い。まっ、それはそれでイイや! 別にダイエット研究家として売り出す気もないので、その時は、途中打ち切りし、封印してしまおう。

さて、今日と明日で、人生初の本格的ダイエットに挑戦することになった切っ掛けを簡単にまとめよう。

① 1人目の「S先生」:ある都市型地方銀行の元会長さん

7月の全国講演初日、ある都市型地方銀行の元会長さんからランチのお誘いをいただいた。一目見て、前回の会食時(昨年夏)よりも外見がスマートになられた事がわかったのだが、体調を崩された場合も有り得るので、敢えてその旨には触れなかった。が、会食の半ば、会話の自然な流れの中で、昨年秋頃に「炭水化物ダイエット」なるものに取り組んで、体重を10kg強落とされた事が判明した。半年以上が経過してもリバウンドもなく、体調も絶好調との事。元々、年齢よりもお若く見える方なのだが、前回会食時よりも3~4歳、若返ったように感じられた。会食の後半は、ダイエットの方法を詳しくお教えいただき、その内容に強く興味を覚えたのである。

②2人目のS先生:元同僚のS君

ランチの次の講演で、S元会長さんのダイエット成功の事を講演のアレンジャーさん達に話すと、偶然だが、彼らの同僚のS君(私からすると元同僚)も12~13kg(この時点で)の減量に成功し、精悍な風貌になっている事を教えられた。彼の場合は、RIZAPに通い、5月と6月の2ヵ月で見事に変身したとの事。S君に前回最後に会ったのは4月下旬、身長も体重も、私とほぼ同じ位だったので、体重を70kg台に落としたS君の姿が、正直、ちょっとイメージできなかった。

変身後のS君との初対面は忘れもしない7月16日の愛媛出張。そう、私の姿がNHKの全国ニュースで3回放映された「あの日」である(http://triglav-research.com/?p=13929)。2ヶ月半ぶりの再開の瞬間、感動した。おお~、凄いぞ、まるで別人じゃないか!一方で、悪魔の囁きが脳裏に。 これは、リバウンドさせたら面白いな…

S君は私に匹敵する『甘党』である。講演の合間に、ケーキ・セットやパフェ等々を全国各地で堪能してきた仲だ。愛媛でも講演の合間に必ず訪れる喫茶店が決まっていた。この日、S君は、珈琲を注文。私は、わざと、チョコレート・ソースがたっぷりとかかったアイスクリームを頬張る。「あぁ~、甘くて上手い。どう、少し食べる?」なんてからかっても、S君は平然と無視する。『これは本物だ!』— 確信したのは、この時だ。

S君は、愛媛出張後、私のダイエットの『心の師』となった。彼のRIZAPスタート時の身長は175cm、体重は89kg。私のダイエット開始時が、174cm、90kgなので、まあ、似たようなものだ。S君から、RIZAPのダイエット手法が徹底した「糖質(炭水化物)制限」と「効率的な筋トレ」で構成されている事を教えられた。以来、有益な情報を色々と彼から吸収できている。最大・最高の教訓は、結局、『ダイエットの成否は、取り組む本人の意志の強さと目標に向けての遂行能力に尽きる』と言う事だ。そう、元同僚のS君(先生)は、「豚ではなく、狼だった」のである。 

③元証券会社セールスの悲しい性:調子に乗って10kg減量を宣言

S君との再会に先立つ7月13日、私は九州某県を講演で訪れた。講演後、先方の企画担当役員さんとの会食が組まれていたのだが、その場で何を血迷ったか「私も次回の御行向け講演までに、必ず最低10kgは減量します。成功するまで、御行には伺えません。」と宣言してしまったのだ。中年男性の会食の折、健康やダイエットに関する事は頻繁に話題になる。この時の会食も同様で、元同僚S君の変貌ぶり(=RIZAP効果)等々が箸休めになった。

私は、基本的にほとんどアルコールは嗜まない。会食の際に、乾杯のビールを1~2cm舐めるだけである。ところがこの時は、何故か3cm程飲んでしまった。すっかり酔いが回った上に、元証券会社セールス(野村證券入社後は、地方支店2ヶ店で5年弱リテール・セールスを経験した)の調子の良さが災いし、上記の「10kg減量宣言」に至ったのである。会食の場だったので、おそらく先方の役員さんは覚えていらっしゃらないと思うが、「宣言を実行するか否かは、人間のプライド(誇り)」に係わる極めて重要な事柄である。この時点で、私は「ルビコン川」を渡ってしまったのだ!

トリグラフ流ダイエット挑戦への切っ掛け(前編)は、ここまでとしよう。
— この場を借りて、2人のS先生に御礼申し上げたい <(_ _)>

トリグラフ・リサーチ 稿房主

『トリグラフ流ダイエット日記』 Vol.3

『トリグラフ流ダイエット日記』②—30年で30kg増えてしまった体重と向き合う

11月4日、ダイエット開始からちょうど10kgの減量に成功した事を切っ掛けに、稿房通信「第3の柱」として配信開始を宣言した『ダイエット日記』ではあるが、なかなか二の矢を継げないでいた。そもそも、最終目標である15kg減量(to 75kg)まで、どんなペースで体重を減らしていけるかがわからない。旧『銀行業界鳥瞰図』のように銀行業界のマクロ統計に合わせて配信するといったようなリズムが掴めないのだ。とは言っても、第1号配信から今日でちょうど10日目。さすがに、その後の経過報告をしないのはまずいだろう。今朝の測定結果までを含む体重推移グラフを下に示そう。

体重推移グラフ-2015-1114

結論から言うと、体重は順調に減り続けている。11月4日の朝との比較では 1.15kgの減少で、78.85kgになった。最終目標まで、残すところ3.85kgだ。ケトン体脂肪燃焼システムが順調に稼働しているようで、ゆっくりとではあるが、身体に無理を強いる事なく体重が落とせている。まだ油断大敵ではあるが、時期的な目標である「来年2月末」まで要さずに最終目標に到達できるかもしれない。

さて今日は、私にとって初めての「本格的ダイエット」に取り組むまでのおおまかな体重推移を記す事にしよう。

1980年3月に高校を卒業した頃の身長は171cm、体重は確か73~74kg位だったと記憶している。ウエストは85cm程あったと思う。そう、かなりのぽっちゃり系で、若くして、「メタボ予備軍」みたいな感じだった。運動は大嫌い。でも、「なんか有段者ってカッコいいな!」と思い、それだけの理由で一番楽そうな「弓道部」に所属。練習なんてサボってばかりだったが、高校在学中にちゃんと「弓道2段」という肩書きだけは手に入れた。

体重が一気に減ったのが大学時代だ。「多摩動物園付属中央大学」という山の中に広大なキャンパス(保健センターにはマムシに噛まれた場合の血清まで備えられていた)を有する大学だったので、気付かぬ内に足腰を鍛えていたのだと思う(毎日、登山していたようなものだ)。現在でもそうだが、料理なんて大嫌いなので、学食とアパート近くの定食屋に依存する貧しい食生活を続けた。その結果、1984年4月に野村證券に入社する頃には体重は60kg(厳密には59kg)、ウエストは70cmをそれぞれ下回るようになっていた。体重が減ったのも驚きだったが、身長も大学在学中に3cm伸びて174cmになっていたのだ。

野村證券では、入社式が終わってすぐに地方支店の営業課に配属(当時は男性総合職の新入社員は全員がそうだった)。赴任翌日から「徒歩での名刺配り(挨拶)外交」が始まり、数ヶ月すると自転車での遠隔外交に移行した。まさに「どぶ板外交」の日々であり、極めて健康的(ハードな)生活が続き、体重は60kg前後の水準を維持出来ていた。

変化の兆しが現れたのは、入社1年目の終わりに家内(弊社社主)と結婚してからである。家内の作る食事が美味しくて、美味しくて、毎日、まるで「豚」のように貪り続けた(ちなみに、今でも家内の料理が一番美味しい!)。その結果、営業店2ヶ店の勤務を経て、本社「国際調査室(IRAD)」に異動となった1988年11月には、体重は80kg手前まで増加していた。入社以来、スーツは「J.PRESS」と決めていたのだが、私に合うサイズがなくなってきたのがこの頃だった。

銀行アナリスト稼業に携わるようになったのは1989年からであるが、その後も体重はジワジワと増え続けた。IRAD、野村総研と勤務した後、1993年8月にJ.P.Morganへ移籍したが、その時の体重は83kg位だった。以降、我が体重は「安定増加期」に突入する。現在のような、1年の3分の1程が「地方巡業」という生活になったのは、2007年からであるが、この間の体重は86kg~89kg程度で推移。とは言っても、基本的には「右肩上がり」の状況が続いていたのだ

要約すると「1985年以降、一貫して体重が増え続け、ちょうど30年で30kg体重が増えた」というのが、私の今年7月末までの状況だったのである。では、私が、何を契機に、どんな思いで、「初めての本格的ダイエット」に取り組んだのか? これについては、次回 Vol.3でお伝えしよう!

トリグラフ・リサーチ 稿房主

『トリグラフ流ダイエット日記』 Vol.2

新コンテンツ 第3の柱 『トリグラフ流ダイエット日記』配信開始 (^_^)v

「開業」4年目に入る来年1月以降、現在、無期休稿中の『銀行業界鳥瞰図』は、弊社プレミアム・サービス契約先のお客様に限定して配信するレポートに衣替えする予定である。銀行系ネタのほとんどは、新装版『銀行業界鳥瞰図』に移行する事になるだろう。銀行ネタのもう一方のメイン・コンテンツである『隣の金融機関』も、持ち回りの執筆を担当してからもうすぐ2年になる。そろそろお役御免のタイミングかなと勝手に想像している。まあ、そんなわけで『TRI稿房通信』は、コンテンツの2大柱を失う日が近付きつつある。

『縄文土偶探訪記』は、書かねばならない在庫ネタが山のようにある。おそらく今後の「主役コンテンツ」のひとつとなるだろう。八ヶ岳オフィスで過ごす日々(Week Dayは田舎でお仕事!)をブログ風に綴る事を目論んでいるが、それだけではちょっと物足りない。そんなわけで、バーゼル規制風に、メインコンテンツの「第2の柱」「第3の柱」の準備を進めてきた。

今朝、漸く「第3の柱」配信開始の条件が整った。『トリグラフ流ダイエット日記』の船出である。今年7月の全国講演中に思うところがあって、ダイエットに初めて本気で取り組む決心をした。講演中に「糖質ダイエット」等の研究を進め、講演が終わった8月1日から独自のダイエット方法で挑戦を始めた。

忘れもしない8月1日朝の体重は、ピッタリ90kg。ここ数年、86kg~89kg程度で安定的に(右肩上がりで)推移していた体重が、大台に乗せてしまった瞬間だった。第1目標は 10kg減の80kg、到達目標時期は11月末(4ヶ月間)、最終目標は75kg、来年2月末(計7ヵ月間)の旗印を目指して、弊社の大プロジェクトとして、社主(家内)の協力の下、推進してきたのだ。

では何故、今日、配信開始なのか? 実は、第1目標(80kg)達成をダイエット日記配信開始の日と決めていたのである。本当は、会社「設立」後4年目に入る11月1日に到達できればお洒落だったのだが、この日の体重は80.7kgと未達だった。そして、今朝の体重測定の結果が、80kgちょうど。そうダイエット開始から96日目にして、第1目標を達成したのである。

この間、徹底的に Lifelog を残す事にこだわった。下掲のグラフが、OMRONの体重組成計とXperiaを連携させ記録した私の体重推移を示している。

ダイエット開始の8月1日~10月下旬までの体重推移(下掲2枚目グラフとかなり期間が重なる)。体重が一貫して減少したわけでなく、ダイエット方法の試行錯誤とリバウンドを繰り返しながら第1目標(10kg減)に取り組んだ。

ダイエット開始の8月1日~10月下旬までの体重推移(下掲2枚目グラフとかなり期間が重なる)。体重が一貫して減少したわけでなく、ダイエット方法の試行錯誤とリバウンドを繰り返しながら第1目標(10kg減)に取り組んだ。

8月中旬から今日(11月4日)朝までの体重推移グラフ。10月の全国講演中は「体重維持」に目標を置き、11月1日の八ヶ岳オフィス滞在中に厳格な「糖質制限」を実施。ちょうど80kgに到達した!

8月中旬から今日(11月4日)朝までの体重推移グラフ。10月の全国講演中は「体重維持」に目標を置き、11月1日からの八ヶ岳オフィス滞在中に厳格な「糖質制限」を実施。ちょうど80kgに到達した!

ダイエットの詳細については、今後、不定期に配信して行くが、実は、それ程苦労していない。Walkingは徹底したが、筋トレの類は皆無である。食べる「量」もダイエット開始前とそんなに変わっていない。

だが、これから「2月末までの5kg減」は、相当ハードルの高い挑戦になると思う。稿房通信で、これまでの頑張りと、今後に予想される悪戦苦闘ぶりを晒す事によって『有言実行』を目指したいと考えている。そう、今日11月4日は、記念すべき「新たな第1歩」の日なのである。

トリグラフ・リサーチ 稿房主

『トリグラフ流ダイエット日記』 Vol.1